イマジナリー・コンパニオン

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擬人化・萌え化 | 美少女キャラクターたちの秘密

イマジナリー・コンパニオン






「擬人化・萌え化 | 美少女キャラクターたちの秘密」



「アイドル」というキーワードでアニメ、ゲームPCソフトいった
ように、「アイドル」コンテンツがいかに展開されてきたかを迷走的
に見てきました。

迷走的に人気が高いと思われるものは、やはりユーザーが独自に手を
加えることができるようなカスタマイズ可能なものが人気を得られる
と解説しています。

さらに言うならば現実に近い装いをもっている「バーチャルキャラクター」
は人気を得にくいと思われます。
それはリアルな匂(にお)いを大きなお友達は嫌うからです。

さて、現実に「アイドル」というものがいるのに、アニメのような
バーチャルな存在にしてしまってはコンテンツとしては弱い。

ひとひねりしてゲームや音楽ソフトとしてならば人気を得ることがで
きますが、やはりストレートな「アイドル」では無理ではないかと
いうことです。

「初音ミク」にいたっては音楽ソフトですし、ボーカロイドという
特性からビジュアル面でアイドルというものを採用しただけです。
つまり「アイドル」を売り出すためのものではなく、便利上「アイドル」
としているだけですね。

つまり同じ美少女キャラクターであっても、「アイドル」から
離れれば離れるほど人気が出るのではないかと思うのです。

つまり現実のアイドルに、バーチャルアイドルは勝てないと
思われる。

ではなぜこりずに作られているからは制作する側(かわ)の打算だけが先行
して作られていると感じるのですね。

音楽業界ではなにか一つが大ヒットすれば、次から次へと
大量の二番煎(せん)じ三番煎(せん)じが作られてきました。
テレビドラマもアニメも同じですね。

これをバーチャルなものへと置き換えているだけで、バーチャル
な特性を考えてねられた戦略ではないと思うからです。

そこで迷走エッセイ的になぜ「バーチャルアイドル」が現実の
アイドルなみに人気が出ないのかと考えてみました。
ちょっとこじつけかも知れませんが、迷走解説してみたいと思います。

まずアニメやゲームのキャラクター人気を、「アイドル」と同じ
種類の人気と一緒にしてはいけないと思うのです。
現実の「アイドル」は実在していながらも、ファンの求める演出
された女の子像に支えられています。

つまり、その時代の理想的な女の子像によって作られている
ということですね。

それに対してバーチャルキャラクターは本当は実在しないし、
すべてこうあってほしいという理想だけで成り立っています。
人間ではありませんから、ある意味無個性といえるかもしれません。

ちょっと混乱しそうなので、まず「ミッキーマウス」のような
擬人化キャラクターから迷走解説させていただきましょう。

アニメの中の美少女キャラクターをアイドル扱いするのと、
作中内でアイドルをやっているキャラクターとの混乱もあります
し、それらの人気が「バーチャルアイドル」という現実の「アイドル」
を模倣するものへと発展しているからです。

実はこれらを迷走解説するのに、絶好のモデルがおりました。
それは最近、海外進出まで果たした「ふなっしー」だったのです。


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◆ 梨(なし)の妖精ふなっしー。


これは今更説明する必要もありませんね。
テレビやイベントに出まくっているゆるキャラで有名な「ふなっしー」
です。

実は初めてこの「ふなっしー」を見たとき、なにか引っかかる
ものを感じていました。
そしてこの「迷走エッセイ」を書き始めてから改めて考えてみて
分かったことがあります。

それはすでにこの「迷走エッセイ」では触れていますが、
「イマジナリー・コンパニオン」の存在です。

イマジナリー・コンパニオンとは幼児などが、見えない友達
と話しをしていたり、ヌイグルミと話しをしていたりするよう
な行為をさします。
異常な行為ではなく妖精や座敷童のようものであると考えて
ください。

それに「ふなっしー」は梨の妖精ですしね。
すごく元気の良い梨の妖精さんですが。
これがまた良いのだと思います。

幼児心理学など用いる用語なのですが、イマジナリー・フレンド
とも呼ばれており(こちらの方が良く使われています)、大人に
なっても心理的にこれらを見たり感じたりする人はいますし、一時的
にそういう心理状況へ陥る(退行)場合もあります。

「ふなっしー」はまさにこのイマジナリー・コンパニオンとも
呼べる存在のように感じられます。
あの幼児がクレヨンで画用紙に書き殴ったようなデザイン。

初めて見たときは、デザイン的にみてどうしてあんなものに
なったのかと不思議に思いました。
それもそのはず、千葉県船橋市の非公認のゆるキャラということで、
まったくずぶの素人がデザインして自ら着ぐるみに入って活動
していると聞いて「なるほど」と思ったのを覚えています。

今やゆるキャラブームで全国的に数多くのゆるキャラがいます。
あまりの多さにリストラされる「ゆるキャラ」が出てくるほどです。
まったくなにか一つが受けると、我も我もという典型ですね。

まさに二番煎じ三番煎じどころか、何十番煎じの様相を見せています。
ここまで増えてもなお「ゆるキャラ」を作り出そうとする、その
発想の貧困さには驚かされます。

それでもたいていがイラストレーターやデザイナーがデザイン
するか、一般公募で選ばれています。
だから一応、デザイン的には考えられたものになっているのですが、
「ふなっしー」は違いました。

まったく考えられて作られたデザインとは思えませんでしたね。
でも、これに引っかかっていたのです。

そしてなによりも「ゆるキャラ」の常識を覆すようなあの
激しい動き。
そして着ぐるみのタブーを破る喋(しゃべ)る「ふなっしー」。

これらがまさにドンピシャで、それは「イマジナリー・コンパニオン」
だったたからなのです。


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◆ イマジナリー・コンパニオン再考。


そもそも「イマジナリー・コンパニオン」とは、幼児期に
子供達が大事にしているオモチャやヌイグルミと話しをして、
その幼児を慰め励ましして外界へと橋渡しをする存在です。

それは時にはボロボロになった毛布の切れ端や、何でもない
タオルだったするのです。
それらのタオルを手放すと幼児は不安がって泣いたりします。
時には大人になっても、そのタオルがないと眠れないという
人は決して少なくはありません。


あの幼児が描いたような「ふなっしー」のデザインは、まさに
これらのタオルや毛布の切れ端と共通するものでした。
画用紙から勢いよく飛び出してきた落書きそのものです。
それが「ふなっしー」ではないかということです。

自分の大事にしているオモチャには実は命があって、自分たちが
知らないところでは動いて喋っているのではないかという発想
は古くからあります。

童謡「オモチャのチャチャチャ」のような考えは、ずっと古く
からありました。

ピクサー作品である「トイ・ストーリー」は有名ですが、同じような
内容の実写ドラマをずいぶん昔にディズニーが作っていたと記憶して
います(調べたのですがわかりませんでした)。

最近でも「テッド」と呼ばれる命のある「テディベア」が活躍
するコメディ映画(R指定)が公開されてかなりの人気がありました。
興行収益もかなりのものだったそうです。

それくらい大人になっても命のあるオモチャというものは人の
心には残っているものなのです。


「ミッキーマウス」も「ガチャピン」もともに同じ「イマジナリー
・コンパニオン」と言える存在です。

つまり「ふなっしー」のようなキャラクター人気はこの
「イマジナリー・コンパニオン」に対する人気であるとも
言い換えることができると思うのです。

これらのイマジナリー・コンパニオンを現実世界の「アイドル」
人気と同じに考えてはいけない。

「バーチャルアイドル」のところですでに触れていますが、
「ミッキーマウス」のように歳をとらない、世代を超えて愛される
キャラクターにしたいというところがそもそも間違いであった
と思うのです。

「現実世界」の人気と「バーチャル」な人気を一緒にすると
いうことがそもそもキャラクター人気というものを理解していない
と思われるのです。

形を作っても、入れる中身のことをまったく考えていないと
言い換えても良いかと思います。

──外側しか見てない──。

何度もいいますが胸算用というか打算だけで考えた結果ではないかという
ことですね。

「アイドル」というものはそもそも「イマジナリー・コンパニオン」
ではありません。
これがアニメになったり、ゲームになったりすると近いものには
なりますが、「アイドル」という現実の匂(にお)いをもっている限り
は「イマジナリー・コンパニオン」に近付くことはできません。

ですから「艦隊コレクション」の美少女キャラクターである「艦むす」
や擬人化・萌え化した美少女キャラクターたちが、特別に人気を
煽るような仕掛けも行為をしていなくても、自然と人気が盛り上がってくる
のはこのためです。

結果しか見ていないと、二次元の美少女のキャラクターをファン
がアイドル扱いする人気、イコール、アイドルを二次元で作れば
もっと売れるという結論を導き出しているように思えますね。

これらの美少女キャラクターには現実世界の臭いはありませんからね。
「ふなっしー」や「ミッキー」と同じ世界に住んでいる住民だと
言えると思います。

「アイドル」というのは現実世界に住む住人で、擬人化娘たちと
相容れない世界のものだからです。



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◆ 日常世界に潜むイマジナリー・コンパニオン。



この「イマジナリー・コンパニオン」というものをもう少し広く、
違う角度から説明してみましょう。
もう一つの考え方に、内的現実と外的現実という考え方があります。

内的現実とはその個人の意識の内側の現実であり、妄想や夢、願望
といったものはこれらに入りますね。
幼児の世界観はこの内的現実が大半を占めるわけです。

これに対して外的現実とはそのまんま。
自分以外の人間と接して暮らす現実世界のことですね。
ここでは内的現実の満足はそのまま強く罰せられることもある
幼児にとっては脅威であってとても怖い世界でもあるのです。

「イマジナリー・コンパニオン」とはこの心的現実の使者で、
「内的現実(心的現実)」から「外的現実」への橋渡しをする
存在でもあるわけですね。

しかしながらそれは幼児の世界にだけにいるのではなく、大人に
なっても日常世界に潜み続けている場合があります。
それが「妖精」であったり、最近の都市伝説である「小さなオッサン」
のような「小人」であったりするのです。

世界中の伝説やお伽噺にはこれらの「内的現実」の使者達が
「コロボックル」や「天使」という形をとってあられてくると
言えると思います。
古くから日本文化が伝えるところの「付喪神」などもそうですね。

日本の文化は「付喪神(つくもがみ)」のように、人が愛情を持って
長く使っていたものが魂をもち妖怪になるなど、比較的、民間信仰と
して心的現実を排除しようとしない寛容な文化だと思います。


これに対して排他性が強い文化圏では、これらの「イマジナリー
・コンパニオン」は妖怪や幽霊や亡者といった恐ろしいものへ
と姿を変えています。

欧米(おうべい)では「イマジナリー・コンパニオン」は邪悪なものや不気味
なものへ姿を変えざるおえなかったのでしょうね。
それだけ抑圧が強いのだと思います。

これは個人にも当てはまる点があって、これらの心的現実を抑圧
しようとする傾向の強い人は、「妖精(ようせい)」といったファンタジー
のような危険性のない不思議なものでは捕らえないと思います。
不気味で怖い、危険なものとして現れてくるはずです。


話し戻って、そういう寛容な文化がベースにあるので、あれほど
擬人化・萌え化した美少女キャラクターが大量に作られているの
でしょう。

これが欧米文化ならばこうはいかず、それが故に日本の同人文化
のようなものに引かれる人たちが出てくるのだと思います。

アニメの萌えと同じく、クールジャパンには「可愛い」があるそう
ですが、「きゃりーぱみゅぱみゅ」(えーい。言いにくい!)が
欧米で受けるのも同じ理由からだと思われます。

欧米のような文化圏では、これらは抑圧される対象で、抑圧された
ものは決してなくなることはなく「妖精」や「悪魔」に姿を変えて存在し
続けます。

ですがそこに、日本の「擬人化、萌え化キャラクター」といった
新しい存在方法が現れたというわけですね。


この「内的現実」と「外的現実」というものは必ずしも、明確に
線を引くことができないものです。
ある部分では「内的現実」が優っている場合もあり、ある部分
では「外的現実」が優(まさ)っている場合もあるのです。

例えばひどいストレスを受けたときは、人は退行的になります
ので、「内的現実(心的現実)」が勝りますし、世の中で上手(うま)く
やっている人たちは「外的現実」が優る生活をしているということ
もできますね。

ですから同じアニメキャラクターでも、擬人化もそうですが、
あり得ないような設定のキャラクターはそれだけで「内的現実」
に近いキャラクターになると言えると思います。


洋の東西を問わず、擬人化というはもっともこの内的現実に
アプローチしやすいキャラクターではないかと思うのです。
ですがここにも文化的な違いがあって、面白いのはなぜか日本
では萌え化、美少女化されてしまうという点です。

萌え化は「ロリコン」とたいへん親和性が高い。
これは「可愛(かわい)い」とつながってくるのですがそれが故に、同人
では「ロリコン」を扱う作品が多かったのでしょう。

もともと日本文化は大昔から「幼い」を尊ぶような文化があります
から、非常に歪(いびつ)ではありますが「同人文化」はそれらを
継承しているのかも知れませんね。


今では考えられませんが、規制が始まる前は「ロリコン」は本当
に多かった。
当時はなぜこんなにも多いのかが分かりませんでした。
商業誌でもとても多かったのです。

……嫌になるくらいでしたね……。


話し戻って、「アイドル」というものは現実に存在しますから、
例えそれがアニメであっても「外的現実」にちかいものになって
くるのです。

「バーチャルアイドル」が人気があっても、それは「外的現実」
の人気であって、「内的現実」に訴えた人気ではないのです。
それらを混同して「バーチャルアイドル」を制作するのがそもそも
間違いで、例え人気を得られたとしても制作者が予想していたほど
の人気には達することができないのではないかと考えています。

今回の迷走エッセイはこれまで、何かリクエストなどがあれば
コメントしてください。

それでは、また次号でお会いいたしましょう。





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