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白土三平 | カムイ外伝

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「カムイ外伝」

今回と次回の二回に分けて、「カムイ外伝」と「カムイ伝」の
二つの作品を取り上げたいと思います。

「小室孝太郎」作品を取り上げるとついでに「カムイ」もという気になって
しまいました。
こういう作品は本当に少なくなりましたね。


作者は「白土三平」先生です。
このブログで「白土」作品を取り上げるのはどうかと考えていました。

もちろん知っていますし、読んでもいるのですが、全て読破していない
からです。

また「サスケ」か「カムイ」といったアニメにもなっていますので、
馴染んでもいるのですが深く掘り下げて解説していくことが難しい
からです。

ファン方がいたらそれは違うということも多々あるとは思いますが、
あしからず大目に見てやってください。


実は「白土」作品は一冊ももっていないのです。
これには訳があって、「白土」作品はもともと漫画雑誌である「ガロ」
作品でもあったので少年漫画と一線を画するところがあったからです。

全体的にも年齢層が上で、「カムイ伝」などは高校・大学生が良く読んで
いました。


また、アニメは別ですが、漫画作品に関しては掲載雑誌も今で言う青年誌
に近いものでしたので当時の我々の年代よりも上の世代に熱狂的なファンが
おり、より多く読まれていましたね。

ですから少年雑誌を読みあさっていた我々とは違った層がファン層として
あって、友達同士もっていない漫画雑誌を交換しあって読んでいた雑誌にも
掲載されていなかったというのもあります。


ですが、当時から漫画好きは皆読んでましたね。
自分よりもかなり上の世代の人から文庫本を借りて読んでいた記憶が
あります。

ですから一冊も、文庫本は手元にありません。
記憶を辿って書くしかないのです。



経歴ですが、これは「ウキペディア」から引用させてもらいます。


1932年、東京府東多摩郡(後の杉並区)に出生。幼少時は画家をしていた父の活動により大阪の被差別部落や朝鮮人部落など各地を転々とする。1944年、私立練真中学校(旧制)に入学。直後に戦争が激化したため、長野県小県郡中塩田村(現上田市の八木沢駅付近)に一家で疎開し、旧制長野県立上田中学(現長野県上田高等学校)に通う。この旧制中学にいた白土牛之助という軍人の苗字が、後にペンネームの由来となる[1][2]。特高警察の拷問の後遺症で脊椎カリエスを病んでいた父に代わり、山仕事や力仕事で家計を支える。1年ほど塩田で過ごした後、真田へ引越しさらにその後、西塩田に引越した。

1946年、東京に戻ったのち、1947年頃に手塚治虫の作品を知る。のち、経済的理由により練真中学(旧制)を3年の途中で中退。父の知人の金野新一のアトリエで、山川惣治作の紙芝居の模写・彩色の仕事を手伝い始める。

1951年、金野の指導の下『ミスタートモチャン』という紙芝居を制作。当時はノボルというペンネームだった。以後数年間このシリーズの紙芝居を手がけた。

1955年、紙芝居仲間からの紹介をうけて東京都葛飾区金町に移り、仲間と共同生活を始め、紙芝居『カチグリかっちゃん』を描く。白土は遊びに来る近所の子供らから「イチ二の三チャン」という愛称で親しまれ、これが「三平」の名の元になる[3]。また、この時期、黒川 新というペンネームも使用している。この年共同生活者であった瀬川拓男が人形劇団「太郎座」を立ち上げ、白土も舞台背景の制作で参加。また加太こうじの紹介で機関紙に4コマ漫画の連載を行なう。1956年、板橋に転居し、「太郎座」のメンバーの一人だった李春子(通名・小林まゆみ)と結婚。このころ日本共産党への入党を希望し、1年間ボランティアで『アカハタ』を配達したが、入党は叶わなかった。

1957年、過去顔見知りの少女漫画家の牧かずまに漫画を描くことを勧められ、牧のアシスタントをしながら漫画の技法を学ぶ。同年8月、実質的なデビュー作『こがらし剣士』を巴出版から刊行。しかし直後に出版社が倒産し、長井勝一の日本漫画社に移って貸本漫画を多数手がける。1959年からは長井が新たに設立した三洋社で『忍者武芸帳』の刊行を開始。1962年まで全17巻が刊行され、当時としては破格の大長編となった。1961年、長井が三洋社を解散し青林堂を設立、白土はここで『サスケ』『忍法秘話』などの貸本を手がける。1963年、『サスケ』『シートン動物記』により第4回講談社児童まんが賞受賞。

1964年、青林堂より『ガロ』が創刊。『ガロ』はもともと白土の新作『カムイ伝』のための雑誌として創刊されたものであり、白土はこの作品のために「赤目プロダクション」を設立し量産体制に入る。白土は『ガロ』の設立者だったため原稿料が出ず、そのため『カムイ伝』のほかに他誌にも『ワタリ』『カムイ外伝』(ともに1965年-)などを発表しスタッフを養った。1971年、『カムイ伝』第一部が終了。続編が待たれたものの長く再開されず、第二部が開始されたのは、『神話伝説シリーズ』(1974年-)や『カムイ外伝 第二部』(1982年-)などの作品を経た1988年のことである。第二部は『ビッグコミック』で2000年まで連載され、2006年に発売された全集に書き下ろしを加え完結。2009年には『カムイ外伝』の新作を久々に執筆した。現在『カムイ伝 第三部』を構想中である。




さて、順番からいうと、「カムイ伝」が初めに来ても良いのですが、
このブログでは「カムイ外伝」から進めさせていただきます。
「カムイ伝」は白土作品の真骨頂とも言える作品で、映像化しにくい
作品でもありました。

また先にお断りしてあるように、全てを読破しておらずテレビアニメにも
なった「カムイ外伝」からスタートしたいと思います。


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◆白土作品の映像化。

白土作品はアニメの黎明期から映像化されています。
「少年忍者 風のフジ丸」がもっとも古く、百%白土作品ではなく
ややティストが違った作品でした。

「サスケ」「カムイ外伝」と続くのですが、もっとも人気があった
のが「カムイ外伝」です。

他にも「ワタリ」という作品が1966年に実写映画化されています。

ですがやはり人気があったのは、「カムイ外伝」ですね。
これは2009年に監督崔洋一、主演松山ケンイチによる実写映画化も
されています。

少し横道にそれますが、映画化されたのはカムイ外伝のテレビアニメシリーズ
の最終話、「スガルの島」を映画化しているのですが、このスガル役を当初は
菊池凛子さんの予定で撮影に入っていたのですが、激しいアクションによる
肉離れで降板。そのあとスガル役は小雪さんになりました。


個人的には菊池凛子さんの方が役に合っていたように思います。
横山ケンイチさんに関しては、作者である白土さんから「初めて生身の、
本物のカムイと出会ったような気がする。それをひしひしと感じる。」と
のコメントが寄せられるほど高評価でした。


ですが、映画じたいは評判は悪かったですね。
でも、見た人の殆どが松山さんへはやはり高評価でした。
この撮影にあたり、松山さんはかなりアクションの特訓をつんでから
撮影に入っています。


白土、忍者作品の特徴は、できるとかできないとかではなく、一応
忍術に理屈付けがしてあることです。
それまでの忍者もの、今でもそうですが、忍術は殆どが超能力のような
ものですが、白土作品には理論付けがされてました。

それが当時、子供だった我々にはとてもリアルに映り、格好良かった
のです。


また「サスケ」「カムイ外伝」ともにオープニングのナレーションの
格好良さに皆シビレたものでした。
他の忍者ものから一線を画するスタイリッシュなものを感じていましたね。

忍者ではなく、抜け忍になりたがっていました。

遊びでどれだけ「忍法霞切り」や「十文字霞くづし」を真似したことか。
「飯綱落し」は遊びでもまねできませんでしたが。
「かげ縫い」が一番簡単でしたね。


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◆未だに続く「カムイ」シリーズ。


「カムイ伝」も「カムイ外伝」も長く続いているシリーズです。
掲載雑誌を変えながら続いているので、正直、全てを読んでいません。

また、TSUTAYAなどのコミックレンタルコーナーで探したことが
あるのですが、作品そのものが古いせいか見つかりませんでした。


「漫画喫茶」や「ネットカフェ」にはもしかすれば、あるのかもしれま
せんが利用したことがないので分からないままです。
一度、最初から最後まで完全に読破したいと願っているのですが、
未だに実現できていませんね。

───残念です。


子供の頃から今に至るまで、読める機会があれば読んできたのですが、
どうしても散発的でまとまっていません。
ただやはり白土さんにすればこの「カムイ」シリーズはライフワークで
あろことは容易に想像できますが。

また一貫しているのは、ある種の階級闘争的な要素です。
必ずといってよいほど、権力を持って虐げるものと、圧政を受けて
虐げられるものの関係をいろいろな形で描いているところがあります。

それが他の漫画と違っていた点であろうと思われますし、大人になっても
未だに心の奥深くに残り続けているところではないかと思います。

特に、日本人の国民性というとても漫画とは思えない、身近なリアルさが
ありました。
それが顕著に表れていたのが、「カムイ伝」ですね。

当時は、学生運動をしていた大学生は良く読んでいました。
また、子供であった我々にもしっかりと胸に突き刺さる物語が多かった
です。

それはなによりも絵空事と笑えないリアルさが、深みがあったから
です。

当時の漫画家さん達は、「光る風」の山上達彦さんや、「ジャパッシュ」
を発表した望月幹也さんたちなど社会の深部を抉る作品も多かったのです。

ある意味、その代表格が「カムイ伝」であったかもしれません。
当時から識者に高く評価されていたのが頷ける作品です。


時間がなくって来ましたので、続きは次回の「カムイ伝」へ譲り
たいと思います。


最後に、「カムイ」という意味をご存じの方がいらっしゃいましたら、
お教え願えませんか。
学生の頃、「カムイ」はアイヌ語で神様の意味ですから、勝手にそう
解釈していのですが、未だにはっきりしたことが分からないのです。

それでは、また次回でお会いいたしましょう。



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